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2013/02/24 (Sun) 12:25
無人機プレデターがマリで行動開始

2月23日土曜日、マリ北部でフランス勢力と同盟しているトゥアレグ族反乱軍とイスラム武装集団の間に再び戦いが勃発した。マリ北部のIfoghas山脈ではジハーディストの追跡が続いており、今後はアメリカの無人機「プレデター」の援護も加わる。

午前中、In-Khalilではアザワド解放民族運動(MNLA:トゥアレグ族反乱軍)とイスラム武装集団が衝突した。In-KhalilはTessalit近くにあるマリの都市で、アルジェリアとの国境付近にある。マリの情報によると、「アラブ人兵」がMNLAと対立したということだが、それ以上のことは分かっていない。アザワドアラブ運動(MAA:2012年5月に組織)は土曜日の現地時間4時ごろに、その地区でのアラブ人に対する暴力の報復としてMNLAを攻撃したと認めた。

MNLAは襲撃の犯人が、西アフリカ統一聖戦運動(Mujao)のOmar Ould Hamaha率いるテロリストによるものだと確信している。Mujaoは2012年にマリ北部を支配したイスラム主義グループの一つで、金曜日にMNLAに対して自爆テロの犯行声明を出した。

チャド軍に甚大な被害

In-KhalilはKidalより北に175km以上も離れている。フランス軍は1月末に1800人の兵士を投入して、自称「穏健派」のイスラム主義者MNLAに支配されていたKidalの空港を奪還した。MNLAはマリ人兵士の存在を否定しているが、現在フランスと協力していることは認めている。

Kidal地方にはTessalitとKidal市にまたがるIfoghas山脈があり、フランス軍が追跡しているアルカイダ関係の武装イスラム集団が身を隠しているといわれている。今週このIfoghas山脈での作戦の際に、一人のフランス人兵士が殺された。チャドは金曜日に65人のジハーディストを殺害したが、自身の軍でも13人の死者を出したと発表した。これはマリの外国援軍が受けた被害の中で最も大きい。

無人機プレデターが援護

フランス、マリ、アメリカの連合軍は、今後戦場でアメリカの無人機プレデターの援護を受けることになる。アメリカは、マリ北部で偵察飛行を行うために、隣国ナイジェリアのNiamey基地で数台の無人機を配備したと、金曜日にアメリカの責任者が発表した。

ワシントンによると、この無人機は搭載しているミサイルを使用せずに、マリにいるイスラム集団のスパイをするためだけに使われる予定だ。合計で約100人のアメリカ軍兵士がこの無人機のためにナイジェリアに配備されることになっている。

Mujao襲撃の脅威
Kidalから南西部に350kmにあるマリ北部で最大の都市Gaoでは、マリ軍が掃討作戦を続けている。金曜日、フランス軍の支援を受け、マリ軍兵士は重火器を持ったジハーディストと戦った。特にGaoの市役所では何人かのジハーディストが火薬を体に巻きつけていた。

最近Gaoに戦士を送ると発表したMujaoは、土曜日にマリ北部を襲うという脅しを繰り返し、マリの首都Bamakoやブルキナファソの首都Ouagadougouと隣国ニジェールの首都Niameyでのジハーディストによる襲撃にも言及した。両国は、マリ軍にアフリカ勢力として参加している。

ベナンで誘拐の危険

火曜日にカメルーン北端部で4人の子どもを含む7人のフランス人家族が誘拐された後、フランスはベナンでの誘拐の危険を警戒している。マリでのフランス人の援護は在外フランス人の安全に影響を及ぼす恐れがある。

参照記事:
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2013/02/23/des-dizaines-de-morts-dans-des-combats-dans-le-nord-du-mali_1837724_3212.html



今回の記事は背景知識がないと難しいですね。

私のブログで何度も取り上げているイスラム過激勢力とマリ軍による紛争ですが、この事態が起こるずっと前から、マリ軍はイスラム勢力ではなく遊牧民のトゥアレグ族と戦ってきました。独立を求めて断続的に反乱を起こしていたトゥアレグ族ですが、昨年「アザワド解放民族運動(MNLA)」を組織し、反政府勢力としてマリ軍と本格的に戦闘を始めたのです。ところが武器不足などで今度はマリ軍が政府に対して不満を持つようになり、軍事クーデターが発生。国の混乱の中、どさくさに紛れてMNLAはイスラム軍事組織の「西アフリカ統一聖戦運動(Mujao)」や「アンサール・ディーン」と共同して、マリ北部の州「アザワド」を自分たちの国家とする「アザワド独立宣言」を発表したのです。

しかしその後、共同していたイスラム組織とMNLAは反目するようになり、マリ北部からMNLAが駆逐されたためにアザワドは事実上崩壊。マリ北部を単独支配するようになったイスラム武装勢力は進撃を始めました。大統領が辞任したことで再び民主制に戻り、平静を取り戻したマリ政府&軍は、フランス、アメリカ、アフリカ近隣諸国と連合してイスラム過激派を国から掃討しようと躍起になっています。なお、MNLAは現在フランス軍と対話をして歩みっているようです。
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